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「服好きのジレンマ」その2/1900年頃のイースト・エンドとネクタイ

少し前の記事で、「購入したネクタイがマクルスフィールド・タイに該当するのか、それともスピタルフィールド・タイにあたるのかよく分からない」というようなことを書きました。
 
ネクタイの柄の定義も興味深くはあるのですが、実はもっと気になったのは、スピタルフィールド・タイの語源となったというスピタルフィールズでの絹織物産業と、ジャック・ロンドンが「どん底の人びと」で書いたスピタルフィールズをはじめとする1902年頃のイースト・エンドの悲惨な状況のイメージがぴたりとは一致しなかったことです。
 
スピタルフィールズの絹織物産業の名声は17世紀に遡るようなのですが、スピタルフィールド・タイの語源は17世紀や18世紀に確立させた名声や技術によるものなのでしょうか?
 
それともこのネクタイが活躍したという1920年代か1930年代のスピタルフィールズに由来するのでしょうか?
 
「どん底の人びと」では肺を患って働けない父と暮らしながら、週約1ドル25セントでネクタイを作っているイーストエンドの女性が紹介されていました。
 
※当時の1ドル25セントが現在の貨幣価値でどのくらいの額に相当するのか私には分からないのですが、同作品のある調査によれば、当時のイーストエンドにおける5人暮らしの家族1週間のパン代が約1ドルだったそうです。
 
その女性は狭い自分の部屋でネクタイを作りながら病人と寝食を共にしており、さらには病人のベッドの上にネクタイや絹が山積みにされているため、その粉塵は病人の健康に良くないし、ネクタイの衛生上も良くないというのです。
 
そして、スピタルフィールズは、同作品の中で度々登場する地名です。
 
「宿無しは夜に寝てはならぬ」という当局の掟のため、夜通し歩き回らざるを得なかったあらゆる人々が朝5時の開門後に累々と横たわるスピタルフィールズ公園のように、当時の悲惨なイーストエンドを代表する地域の一つに挙げられているようです。
 
以前「服好きのジレンマ」という記事でも書いたことがあるのですが、洋服の歴史やルーツを調べていると戦争や格差や貧困、差別といった事実が見え隠れすることがしょっちゅうあります。
 
洋服の歴史は、それにまつわる人間の歴史の一部であると思えば、それも当然のことと言えるのかもしれません。
 
洋服に限らず、自分の回りにある食べ物や飲み物など、どれを辿ってもこうした事実に行き当たらないもののほうが余程少ないような気がします。
 
ただ、だから結局何を言いたいのか、ということになると、それが情けないことに自分でもよく分からないのです。
 
 
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